佐賀県新幹線問題 完全解説

西九州新幹線をめぐる複雑な問題を図解で理解する

最終更新:2025年8月 情報源:国土交通省、佐賀県、各種報道機関

1. 問題の全体像

核心問題

博多~長崎間143kmのうち、新鳥栖~武雄温泉間の約50kmが「未合意区間」として整備されず、全線開業できない状況が続いています。

西九州新幹線の現状

博多
JR九州
未合意区間(約50km)
在来線利用
新鳥栖
在来線
武雄温泉
乗換駅
開業済み(約66km)
フル規格新幹線
長崎
2022年開業

開業済み区間

  • 区間:武雄温泉~長崎(約66km)
  • 開業:2022年9月23日
  • 規格:フル規格(標準軌1,435mm)
  • 最高速度:260km/h
  • 所要時間:最速23分

未合意区間

  • 区間:新鳥栖~武雄温泉(約50km)
  • 現状:在来線特急「リレーかもめ」
  • 問題:武雄温泉駅での乗換が必要
  • 整備方針:佐賀県と国で未合意
  • 費用負担:約1,400億円以上(佐賀県試算)

2. 歴史的経緯

約半世紀にわたる紆余曲折

1973年
整備新幹線計画決定
九州新幹線西九州ルートが整備新幹線として決定
1992年
スーパー特急方式で合意
博多~武雄:在来線活用、武雄~長崎:新規路線整備で佐賀県が合意
2004年
FGT導入方針決定
国がフリーゲージトレイン(FGT)の導入を約束、「責任を持って実現を推進」
2016年
武雄温泉~長崎先行開業決定
FGT開発遅延により、武雄温泉での対面乗換方式で先行開業することに佐賀県が合意
2017年
JR九州がFGT困難と表明
JR九州がFGTによる運営は困難と表明、フル規格整備を国に要望
2018年
FGT開発断念
与党がFGTの開発断念を決定、技術的課題解決の見通し立たず
2019年
フル規格方針決定
与党がフル規格での整備方針を決定、佐賀県は「また梯子を外された」と強く反発
2022年
西九州新幹線部分開業
武雄温泉~長崎間が開業、武雄温泉でのリレー方式で運行開始

佐賀県の不信の根源

「お隣の家の方から、表通りに出て行くのに、あなたの庭に歩道を造ってくださいとお願いされたので、分かりました、それに協力をしましょうとなったわけです。やっていたら、後から、速く行きたいので、これは歩道じゃなくて、高速道路にしなさいと言われているようなものなんです。」

― 佐賀県の主張(2020年国土交通省との協議より)

3. 新幹線整備方式の比較

フル規格新幹線 最高速度

基本仕様

  • 線路幅:1,435mm(標準軌)
  • 最高速度:300km/h
  • 最小曲線半径:4,000m
  • 最急勾配:15‰

メリット

  • 最も高速な移動が可能
  • 全国新幹線ネットワーク接続
  • 最大の時間短縮効果
  • 災害時の代替ルート機能

デメリット

  • 建設費が最も高額
  • 在来線の取扱い要協議
  • 地方負担が重い
  • 環境への影響大
例:東海道、東北、上越、九州新幹線など

ミニ新幹線 直通運転

基本仕様

  • 線路幅:1,435mm(標準軌)
  • 最高速度:130km/h
  • 改軌方式:在来線を標準軌化
  • 踏切:あり

メリット

  • 乗換不要の直通運転
  • 建設費が比較的安価
  • 既存インフラ活用
  • 工期が短い

デメリット

  • 速度向上効果限定的
  • 改軌工事中の運休
  • 在来線利用者への影響
  • 貨物列車運行困難
例:山形新幹線「つばさ」、秋田新幹線「こまち」

スーパー特急方式 在来線規格

基本仕様

  • 線路幅:1,067mm(狭軌)
  • 最高速度:200km/h程度
  • 構造物:新幹線規格
  • 直通運転:可能

メリット

  • フル規格より建設費安
  • 在来線と直通運転可能
  • 乗換負担なし
  • 既存車両活用可能

デメリット

  • 時間短縮効果限定的
  • 新車両開発が必要
  • 標準軌区間の改軌必要
  • 開業時期の遅れ
佐賀県が1992年に合意した当初の整備方式

フリーゲージトレイン(FGT) 実用化断念

基本概念

  • 可変軌間:1,435mm⇔1,067mm
  • 車輪幅:自動変更システム
  • 想定速度:260km/h
  • 直通運転:完全シームレス

理想的メリット

  • 完全な直通運転
  • 乗換不要
  • 既存路線活用
  • 利便性向上

実現できなかった課題

  • 車軸摩耗問題
  • 高速走行時の安全性
  • 台車重量増加
  • 膨大な開発コスト

現状:約30年の開発期間を経て、高速新幹線としての実用化は技術的課題により断念。 高速鉄道での本格実用化はほぼ皆無(日本では断念)。2023年に試験走行設備の撤去が決定。

整備方式 比較一覧

項目 フル規格 ミニ新幹線 スーパー特急 FGT
線路幅 1,435mm 1,435mm 1,067mm 可変
最高速度 300km/h 130km/h 200km/h 断念
建設費 最高 断念
直通運転 × 断念
実現性 ×

4. ミニ新幹線の速度制限の理由

よくある疑問

「ミニ新幹線も標準軌(1,435mm)なのに、なぜ130km/hしか出せないの?」

ミニ新幹線(130km/h)

最小曲線半径
300m
最急勾配
25‰
踏切
あり

フル規格新幹線(300km/h)

最小曲線半径
4,000m
最急勾配
15‰
踏切
なし

山形新幹線「板谷峠」の例

地形的制約

  • 福島県と山形県の県境を越える山岳地帯
  • 急カーブ・急勾配の連続
  • 冬季は豪雪地帯で更なる速度制限
  • 最急勾配33.3‰(1000m進むと33.3m上昇)

技術的制約

  • 1編成(約200m)の前後で約7mの高低差
  • 在来線規格のトンネル断面積
  • 在来線用の橋梁構造
  • 踏切での安全確保による速度制限

解決策:米沢トンネル構想

現在、JR東日本では板谷峠を貫く約23kmの「米沢トンネル」の構想・検討が進む段階にあります。 これが実現すれば、緩やかなカーブでトンネルを貫通し、時速200km超での高速走行が可能になり、 東京―山形間の所要時間は現在より10分程度短縮される見込みです。

重要なポイント

高速化には線路幅だけでなく、線路の形状(線形)こそが最も重要

フル規格新幹線が高速なのは、標準軌だからではなく、
緩やかなカーブと勾配で設計された専用軌道だからです。

5. 最新動向(2025年8月)

三者会談で認識の一致

2025年8月19日、佐賀県の山口知事、長崎県の大石知事、JR九州の古宮社長による約1年3カ月ぶりの三者会談が開催されました。

出典:読売新聞 2025年8月20日、Yahoo!ニュース NCC長崎文化放送

認識の一致事項

  • 費用負担軽減が前提:佐賀県のフル規格整備には費用負担の軽減が必要
  • FGT断念の経緯:国がFGT断念の経緯を踏まえた対応を行うべき
  • 継続協議:今後も三者間での協議を継続していく

残る課題

  • ルート問題:佐賀駅経由か迂回ルートかで意見の相違
  • 財源確保:地方負担軽減のための国の具体策待ち
  • 法制度:地方負担割合は法令で定められており制度変更が必要

各当事者の発言(2025年8月19日会談後)

佐賀県・山口知事
「西九州(新幹線)には特殊事情がある。少なくとも(費用負担が)定価というわけにはいかない」
「大変高価だ」(約1,400億円以上の負担について)
長崎県・大石知事
「国がFGTの断念の経緯を踏まえ、解決策を出すよう働きかけていきたい」
「利便性の確保や採算性の確保でアセスルート(佐賀駅を通るルート)が一番適している」
JR九州・古宮社長
「(関係機関の合意は)FGTで止まっており、他の新幹線とは違うところがある」
「財源は3者で国に働きかけていくのがいい」

ルート案の現状

アセスルート(佐賀駅経由)
  • 概算建設費:約6,200億円
  • 投資効果(B/C):3.1
  • 収支改善効果:約86億円/年
  • 佐賀県の立場:「考えられない」
北回りルート
  • 概算建設費:約5,700~6,200億円
  • 投資効果(B/C):2.6~2.8
  • 収支改善効果:約62~75億円/年
  • 特徴:佐賀市北部を通過
南回りルート(佐賀空港経由)
  • 概算建設費:約1兆1,300億円
  • 投資効果(B/C):1.3
  • 収支改善効果:約0億円/年
  • 国の判断:「現実的でない」

出典:国土交通省「ご説明資料」(2021年11月)より

6. まとめと今後の展望

問題の本質

  • 信頼関係の破綻:約30年間の約束変更の繰り返し
  • 巨額の費用負担:佐賀県負担1,400億円以上
  • 県民生活への影響:在来線利便性低下の懸念
  • 国と地方の関係:地方負担のあり方の根本問題

解決への道筋

  • 三者の継続協議:佐賀・長崎・JR九州の対話継続
  • 費用負担軽減:国による具体的な負担軽減策
  • 制度改革:地方負担割合の法制度見直し
  • ルート合意:佐賀県が受け入れ可能なルート選択

今後のシナリオ

楽観シナリオ

  • 国が大幅な費用負担軽減策を提示
  • 北回りルートで佐賀県が合意
  • 2030年代の全線開業
  • 九州新幹線ネットワーク完成

現実的シナリオ

  • 段階的な負担軽減策の検討
  • ルート協議の長期化
  • 2040年代以降の開業
  • リレー方式の長期継続

悲観シナリオ

  • 協議の長期膠着状態
  • 財源確保の困難
  • 半永久的な部分開業
  • 新幹線ネットワークの分断継続

最終的なメッセージ

この問題は単なる交通インフラ整備の話ではなく、
国と地方の信頼関係地方財政負担のあり方という、
より根深い課題を含んだ複雑な問題です。

解決には時間がかかりますが、関係者全員が歩み寄り、
九州全体の発展を見据えた建設的な議論が続けられることを期待します。